秋田木材通信社 編集長 薩摩 鉄司




住宅需要いっこうに盛り上がらず
 景気の回復は本物なのだろうか。大手上場企業の多くが3月期決算で史上最高の高収益を上げたことで、生活者の消費マインドを刺激し、景気回復の牽引車としての期待を担っているとされるが、地方での感触は今一つも二つも鈍い。
 景気への波及効果の大きな住宅建設が、住宅ローン減税があるとはいえいっこうに盛り上がってこない。中堅以下のゼネコンから下請けで仕事を回してもらっていた零細の建設会社や大工・工務店の倒産が相変わらず多い。公共事業費の削減で仕事が少なくなり、体質的に営業努力を知らない彼らは、金融機関の選別という匙加減一つであえなく万事休すというパターンが多い。
 負債金額が少ないから、表面的にはあまり目立った現象にはなっていないが、それにしても数が増えれば影響を受ける人々も多くなる。改めて自助努力の必要性が再認識されているが、ゼロどころかマイナスの地平から這い上がるのは並大抵の努力でできることではない。

「家守り」が仕事という自覚
 そんな中で、数年前に憂き目にあった工務店経営者のその後の奮闘ぶりを紹介する。棟梁としての失敗は原因がいろいろあったのだろうが、肝心なのはその失敗を糧として見事に立ち直ったことである。
 これまで地域内で手がけてきた数十軒の住宅の一軒一軒を回って歩いた。若いころに建てた住宅では気まずくて施主の顔をまともに見られないところもあったという。クレームがあれば敢えて正面から受け止めるつもりで向かった。行く先々で苦言も聞かされたし、帰ってくれと言われたこともあった。
 しかし、中には「雨樋を直してくれ」から始まって「座敷と廊下の段差をなくしてくれ」「手摺りをつけてくれ」といった細かな注文から、「実は倅が孫を連れて田舎に帰ってくることになった。増築したい」になって、ついには「全面建て替え」の仕事をもらえるようになった。
 「住宅というのは年齢を重ねる」「そこに住む人も世代が代わっていくし、住まいに寄せる思いも変わる」ということに気付かされた。これまでに建ててきた住宅を見つめつづけていくことが大工の仕事なのだ。「簡単なことを忘れていたんだな」と、今は新築物件よりもこれまで自分がやってきた仕事の履歴を辿るようにしている。